1.研究の学術的背景

 2016~2017年にも始まる本格的な重力波観測では、地球から6~9億光年までの 距離で発生した連星中性子星の合体等の強い重力場での重力波放射現象をとらえ る事ができる。しかしながら、重力波観測は位置決定精度が極めて悪い。また、 その観測のみから距離を推定することができない。このため、重力波観測のみか らその放射天体を特定することは非常に難しい。したがって、電磁波によるフォ ローアップ観測によって発生位置と距離を特定することが必要不可欠である。そ のとき、光赤外線領域(波長370nm~2.5μm)は特に重要な役割を果たす。  光赤外線は、天文学における基本波長域である。光赤外線波長域は、恒星のエ ネルギー放射のピークにあたり、宇宙を構成する基本要素である恒星をプローブ するために最適の波長である。またこの波長域には原子・イオンからのさまざま な重要な吸収線および輝線放射が集中しており、天体の温度、密度や化学組成を 詳細に調べることができる。吸収線・輝線を用いて天体までの精密な距離測定を 行うこともできる。このため、様々な種類の天体現象が光赤外線で研究され、そ の性質が詳細に調べられている。したがって、重力波観測で検出された天体現象 の光赤外線対応天体が検出されれば、その正体や物理機構の解明が一気に進むこ とが期待される。しかし、光赤外線は星間物質による減光を受けやすい。そこ で、電波域でもフォローアップをすることが重要となる。また、光赤外線と電波 の発生時間差や光度差などは、重力波発生源の構造を探る良い指標となる。  重力波現象の光赤外線・電波フォローアップ計画は、国外の重力波観測計画 (LIGO、Virgo)でも整備されつつある。重力波は宇宙のどこでいつ発生するの かはまったく予測不可能なため、全地球的な電磁波フォローアップ観測網の整備 が必要である。日本を中心とした極東地域は、この意味で非常に重要である。こ の地域に、日本がイニシアチブをとって重力波フォローアップ観測システムを整 備することは、わが国の重力波観測プロジェクトKAGRAにとってのみならず、国 際的にも意義深い。

 光赤外線・電波フォローアップ観測にとって、重力波観測の位置決定精度の悪 さ(位置決定誤差:数十平方度)は大きな障害となっており、このような広視野 をカバーする望遠鏡、観測装置が必要とされている。また、全地球的観測網と言 う観点からは、地球上のできるだけ広い経度にわたって観測体制を整えておくこ とが必要である。さらに、光赤外線対応天体が検出された場合、光赤外線領域で のマルチバンド測光モニター、分光観測、偏光観測、電波観測などの多彩な観測 などを行って、天体の種類やそこでの物理過程を解明することが重要となる。  そこで、本研究では、重力波アラートに対応した即時観測システムの構築を目 指し、(1)光赤外線広視野観測システムの構築、(2)光赤外線の全地球的観 測網の整備、(3)電波観測による激変天体のフォローアップ観測体制の整備、 を行う。

2.研究計画

 国内外の重力波検出器が本格的に始動するのは、2016年の予定であり、本研究 期間の最終年度にあたる。したがって、それまでに重力波アラートに対応して即 時観測できるシステムを、わが国の望遠鏡群を用いて構築する。具体的には、木 曾シュミット望遠鏡の超広視野CMOSセンサ型カメラ(以下、超広視野CMOSカメ ラ)を開発し、岡山91cm広視野赤外線望遠鏡(以下、OAOWFC)とともに自動観測 システムを整備する。超広視野CMOSカメラは30平方度の視野を持ち、重力波検出 器の位置決定誤差範囲内を一度にカバーできる画期的な装置である。広島大学が 中心となって、中国西域に1平方度の視野を持つ50cm広視野ロボット望遠鏡(以 下、中国50cm望遠鏡)を設置し、観測網を地球経度方向に拡大する。2015年に本 格観測を開始する予定の京都大学3.8m望遠鏡用の面分光装置を開発し、重力波天 体の距離測定を行う。これらの新規開発システムおよび、東大アタカマ望遠鏡 (以下、miniTAO)、名大南アフリカ望遠鏡(以下、IRSF)などに重力波アラー トに対応した即時観測システムと、超大量画像データから変動天体を自動的に検 出・測光する解析パインプラインをインストールし、2016年までに順次試験観測 を行う。

 こうした開発と並行して、上記の望遠鏡群を用いたガンマ線バースト、超新星 の観測的研究を継続し、重力波天体の起源候補天体に関する理解を深めていく。 山口大32m電波望遠鏡、野辺山45m電波望遠鏡などとも連携する。さらに計画研究 A01、A03と密接に協力して、ガンマ線から電波にわたる広い電磁波観測および ニュートリノ観測で起源候補天体のデータを収集する。  重力波検出器が本格的に始動してからは、本格的なフォローアップ観測システ ムによって定常的な観測を開始する。

3.領域内での研究の有機的な結合により、新たな研究の創造が期待できる点

 計画研究A01、A03との連携観測によって、重力波天体の起源候補天体につい て、広帯域電磁波、ニュートリノを用いた研究(マルチメッセンジャー観測)を 展開できる。また、計画研究A04との連携によって、重力波アラートを受けて即 時に追跡観測するシステムを構築し、重力波放射現象を多角的に研究し、その物 理を解明することを目指す。計画研究A05とお互いに密接に連携しながら研究を 進めることで、重力波放射という人類が未だ観測したことのない天体現象に、理 論・観測の両面から迫ることができる。これは重力波天文学という、まったく新 しい研究分野の創始となることが期待される。

4.当該分野におけるこの研究(計画)の学術的な特色

 本計画は、重力波検出という物理学・天文学の重要問題に関して、その対応天 体現象を特定するための電磁波観測システムの整備を目的としており、極東地域 の観測網を整えて国際的な貢献をするというところに学術的意義がある。また、 ①1m級望遠鏡で世界最大の視野を持つ可視光カメラ(超広視野CMOSカメラ)を開 発して、重力波検出器の位置決定誤差範囲を一度にカバーして迅速に対応天体候 補を探し出す、②このカメラで検出された対応天体候補を、OAOWFC、面分光装置 など多彩な観測装置で追跡観測する、③中国50cm望遠鏡を設置し、南米チリの miniTAO、南アフリカのIRSFと合わせて広い経度範囲をカバーする観測網を構築 する、④電波観測による突発天体観測システムを整備して連携観測を行う、と いった点に特色がある。

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本プロジェクトは、以下の研究プロジェクトの一部です。新学術領域研究重力波天体の多様な観測による宇宙物理学の新展開 "New Development in Astrophysics through Multimessenger Observationsof Gravitational Wave Sources"(平成24年度-28年度 研究代表:中村卓史)
管理者: youtsumi@hiroshima-u.ac.jp